1990年代後半に子どもたちの間で一世を風靡した「ハイパーヨーヨー」。全国各地でヨーヨーのイベントが行われるなど、社会現象を巻き起こした。かつての熱狂から20年以上が経ち、時代とともに子どもたちの遊びも多様化、ブームが過ぎ去ったが、2024年7月に最新モデル「ハイパーヨーヨーアクセル」が発売された。株式会社バンダイの大牟禮(おおむれ)佑基氏に、いまでもハイパーヨーヨーに注力する理由を聞いた。
【画像】懐かしの「ファイヤーボール」「ハイパーレイダー」
1990年代後半に“社会現象化”したハイパーヨーヨー
バンダイは1997年にハイパーヨーヨーを日本で初めて販売し、一大ブームを巻き起こした。実はこの第1期(1997年〜2000年)に続き、第2期(2003年〜2005年)や第3期(2010年〜2014年)を経て、今回10年ぶりにリニューアルしたのが2024年7月、これが第4期にあたる。
ヨーヨー文化の礎を築いたのが第1期だ。当時の子どもたちの間ではミニ四駆やビーダマン、ポケモン(赤緑世代)が流行っていて、そこに名を連ねていたのがハイパーヨーヨーである。
少年向け漫画誌『月刊コロコロコミック』(小学館)では、ハイパーヨーヨーを題材にした漫画『超速スピナー』が連載され、プロスピナー(プロのヨーヨー競技者)の中村名人が誌面に登場し、ヨーヨーのトリック(技)を紹介するなど、いわゆる“コロコロ世代”を虜にしたのだ。
「第1期では、海外で流行っていたYOMEGA(ヨメガ)やDUNCAN(ダンカン)といったヨーヨーメーカーのOEM(委託を受けて他社ブランドの製品を製造すること)商品としてバンダイが扱い、『ハイパーヨーヨー』のブランドで展開していました。
『ファイヤーボール』や『ステルスレイダー』、『ハイパーレイダー』などの機種が人気を誇ったほか、コロコロコミックの影響もあり、一気に小学生の間で話題化し、社会現象にまで発展したのです」(大牟禮(おおむれ)さん、以下同)
時代とともにヨーヨー文化が定着し、第3期ではブームが再燃
かくいう筆者も、第1期に流行ったハイパーヨーヨーのど真ん中世代であり、ヨーヨーのトリックを認定してもらう「認定会」へ足繁く通っていた。技を覚えるために教本やビデオを何度となく見て、ヨーヨーイベントにも参加するなど、かなり夢中になったのを覚えている。
その後、ヨーヨーブームは沈静化したものの、2003年からは再びムーブメントを作ろうと第2期がスタートする。「だが第2期は一定の盛り上がりは見せたものの、社会現象化するまでには至らなかった」と大牟禮さんは話す。
次の第3期は2010年から2014年まで続いた。この期からヨメガやダンカンのほかに、ヨーヨーファクトリーも新たに加わり、メーカーごとに特色をつけてヨーヨーを売り出したのが特徴となっている。
そんな第3期も、約4年ほどのプロモーションののちに収束。その後、およそ10年近くはハイパーヨーヨーの動きは見られなかったが、2024年6月に公式Xで突如、復刻を示唆する投稿がなされ、SNS上で話題に、待望の第4期が始まることへの期待感が高まっていた。
コーラとかスプライトの柄のヨーヨー
無人島なんかにコレしか無いとかなら多分マスターになれる
大昔はプロが使ってたものをそのまま販売してたわけだけど
今は金属ヨーヨー最強すぎてプラスチックで作った場合は勝負にならんから
取り上げたもんが全部流行ってさ
俺らん時はファミコンは当然としてラジコンとかルービックマジックだったわ
ジッターリングが爆死してたのは覚えてる
俺の兄貴以外持ってる奴見た事ない
そこまで広がりのある遊びじゃないしなあ
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